葛藤という名の午前3時

 
 まただ、また無くなった
 
ここのところ、僕が瓶ビールを飲みだそうと思い立つと決まって栓抜きが無くなるのだ
 
いや、正確には「思い立ったのち、瓶ビールを手に取る瞬間に」無くなると言ったほうが正しい
 
 
この世の中で何が腹立たしいかと問われたら、それこそ考えるための留保時間なんて無しで
 
 アルコールが、必要な、夜の3時に、栓抜きが、消失すること
 
と、よどむことなく答えることが出来るだろう
 
 
 
 
そんなこと、最初はさして気にもならなかった
 
僕の冷蔵庫の中が瓶ビールと、スミノフアイスの寡占状態であるわけがないし
 
いくらなんでも毎日毎日酒宴に明け暮れているというわけではないのだ
 
 
しかし、無音の牛歩行進であったとしても、いつかかならず変化は起こってしまう
 
冷蔵庫の中の缶ビールやボトルワインの数は日に日に減っていき、次第に瓶の墓場
が目に付き始めた
 
 
そうなると僕も重い腰を上げないわけにはいかない
 
台所中をひっくり返してでも見つけなければ、この欲望はもう抑えられそうにないのだ
 
 
しかし予想に反し、戸棚の中から栓抜きはあっけなく見つかった、少なくとも初めは
 
シンクの横に備え付けられている食器置き場の中に脱走犯の身柄を拘留しておき
再び冷蔵庫の中の瓶ビールを取り出し、振り返って栓抜きを手に
 
 ・・・ない
 
先ほど発見され、逃げ場の無い留置所に置かれていたはずの栓抜きがどこにもないのだ
 
食器置き場にはもちろんのこと、シンク、フローリングの床の上、冷蔵庫の中、どこにもありはしない
 
まさに言葉どおり、栓抜きという存在の消失である
 
 
訝りながらも、その日僕は栓の閉まったままの瓶ビールと共に、悔しさを噛み締めながらベッドへと
そそくさと潜り込んだのだ
 
 
朝、泥のような眠りからようやく覚めると枕元には栓抜きの姿があった
 
 
 そうか、昨日は家に帰る前にも随分飲んで来たんだっけな
 
 せいぜい猫の額くらいの部屋だ、酔っ払って放り投げてしまったのだろう
 
 
頭上に漂う疑問の雲を晴らすように自らに言い聞かせ、栓抜きを戸棚に戻し、家を出た
 
 
それからほぼ毎日、僕はこの不思議な状態に陥ることになった
 
家に帰り、夜中に酒が飲みたくなり、栓抜きが見つかったのち消滅し、朝には枕元に戻る
 
まったくもってその繰り返しである
 
 
しかし、2週間、3週間と経つうちに僕にも牛歩の変化が現れた
 
アルコールの摂取量が減ったおかげか、毎夜のように家の中を探し回るせいか
少しずつ体力や忍耐力のようなものが身に付いてきたのだ
 
そして視力さえも上がってきたのか、部屋の中を高速で逃げ回っている栓抜きのやつを
発見できるようにもなってきた
 
身体が少しずつ若かりしころのようにしまり、仕事にも身が入るようになってくる
 
 
 
往生際が悪く、捕まってもなお手足をばたつかせている栓抜きを握り締めながら
 
 果たしてこの酒を飲むべきなのだろうか
 
そう悩む日々が始まってしまった
 
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